医療機関に問われる「持続可能性」への処方箋 | 医療施設等経営強化緊急支援事業の実践活用ガイド

2025年、医療の現場はますます過酷さを増しています。看護職員の疲弊、事務負担の増大、採用難。そして、次年度予算ではICT機器も処遇改善も「後回し」と判断せざるを得ない施設も少なくありません。

そうした逼迫した現場の声を背景に、厚生労働省は「医療施設等経営強化緊急支援事業(以下、本事業)」を設計しました。

本事業の最大の特徴は、「人材確保・処遇改善」に直結する投資に対し、現金給付を行うという点です。ICT機器の導入も、一時金・ベースアップも、タスクシフトも支援の対象。つまり、「変わることを決めた施設」を、国が資金的に後押しする制度なのです。

【参考資料】医療施設等経営強化緊急支援事業実施要綱
【参考資料】生産性向上・職場環境整備等支援事業に関するQ&A(第3版)
【参考サイト】医療施設等経営強化緊急支援事業について

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本事業は、以下の5つの柱から構成されています。

  1. 生産性向上・職場環境整備等支援事業
  2. 病床数適正化支援事業
  3. 施設整備促進支援事業
  4. 分娩・小児医療施設支援事業
  5. 地域連携周産期支援事業

この記事では、「生産性向上・職場環境整備等支援事業」を中心に制度の構造と申請戦略を解説します。

「生産性向上・職場環境整備等支援事業」|限られた人員で医療を維持するための“業務改善型支援”

事業目的は実施要綱でこう明記されています:

「限られた人員でより効率的に業務を行う環境の整備費用に相当する金額を、給付金として支給することにより、業務の生産性を向上させ、職員の処遇改善につなげること」【実施要綱2頁】

つまり、業務効率化(ICT導入やタスクシフト)→負担軽減→処遇改善というサイクルを構築するための“先行投資”を支援する制度です。

対象施設と支給額

支給対象は、以下の施設のうち、令和7年3月31日までに「ベースアップ評価料」の届出を行ったものです。

【Q19】
Q. 対象となるベースアップ評価料は?
A. 外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)、入院ベースアップ評価料(医科・歯科)、訪問看護ベースアップ評価料(Ⅰ)などのいずれかの届出をしていれば対象となります。

【Q21】
Q. 届出期限はいつ?
A. 令和7年3月31日までに厚生局に到達していることが必要です。返戻後に修正して受理された場合でも、期限内の届出と見なされます。

【Q22】
Q. ベースアップ評価料については、本事業終了時点においても算定を行っている必要はないでしょうか?
A. 算定は必須ではありません。届出があれば対象になります。ただし、職員の処遇改善につなげる趣旨を鑑み、可能な限り算定を行う方が望ましい。

支給額は施設規模に応じて以下のとおり:

施設種別支給額
病院・有床診療所許可病床数×4万円
無床診療所・訪問看護ステーション1施設あたり18万円
※有床診療所でも病床数4床以下の場合1施設あたり18万円【実施要綱2頁】

対象となる3つの取組と実例

1. ICT機器等の導入による業務効率化

【Q24】
Q. ICT導入で対象となる機器例は?
A. タブレット端末、離床センサー、インカム、WEB会議設備、監視カメラ、床ふきロボットなどが例示されています。Wi-Fi設備やルーター、クラウドシステムも該当します。

→たとえば:
訪問看護ステーションが記録業務の効率化のためにタブレットを導入し、クラウド型システムで情報共有を迅速化。夜間電話対応のインカムとスマートフォンを職員に配備し、緊急時の対応力を向上――こうした取組が対象になります。

2. タスクシフト/シェアによる業務改善

【Q31】
Q. タスクシフトの具体例は?
A. 医師事務作業補助者や看護補助者の新規雇用、既存職員の配置転換、非常勤→常勤化、外部派遣などが対象です。

→たとえば:
書類作成の一部を看護補助者が担うよう体制を変える、または夜勤帯にコメディカルを常勤化して、正看護師の業務を減らす。いずれも、「人材の再配置によって効率を上げる取組」です。

3.給付金を活用した更なる賃上げ

【Q32】
Q. ベースアップ評価料による賃上げとどう違う?
A. ベースアップ評価料による賃上げは「給付金を活用したさらなる賃上げ」とはみなしません。ベースアップ評価料で手当されている部分とは別に、一時金や手当などにより賃上げを行う取組が対象となります。

【Q37】
Q. 賃上げに伴う事業主負担(法定福利費)は対象?
A. 単なる法定福利費等の増額分の支払は、対象となる取組には含まれませんが、ベースアップ・手当・一時金のいずれかにより賃上げを行う取組に伴い生じる法定福利費等の事業主負担の増加分に充てることは可能。

「病床数適正化支援事業」|病床を減らしても、次に進める道を

 「病床数適正化支援事業」とは 

少子高齢化の進行、在院日数の短縮、医師・看護職の人材不足により、持て余している病床を抱えること自体が経営リスクになりつつあります。「病床数適正化支援事業」は、効率的な医療提供体制の確保を図るため、医療需要の急激な変化を受けて病床数の適正化を進める医療機関に対し、診療体制の変更等による職員の雇用等の様々な課題に際して生じる負担について支援を行うことを目的としています。

この事業は、令和6年 12 月 17 日(令和6年度補正予算成立日)から令和7年9月 30 日までの間に病床数の削減を行う病院又は診療所に対し、この指定期間内に許可病床(一般・療養・精神)を削減した医療機関に対して、1床あたり410.4万円の支援を行うものです【実施要綱4頁】。

ただし、以下のケースは対象外となる点に注意が必要です。

  • 同一法人内の病床融通
  • 感染症病床、結核病床、産科・小児科病床などの政策的病床の削減
  • 「みなし病床」の削減
  • 有床→無床化のみで、機能再配置が伴わない場合

単なる“撤退”ではない、「最適化」の選択

本事業の背景にあるのは、「病床削減=マイナス」と捉えない新しい視点です。
たとえば高稼働していない病床を縮小し、外来機能や在宅支援にシフトする――。そのような機能転換・再編が地域にとって望ましいものであるなら、積極的に選び取るべき“経営判断”として、制度がそれを後押しします。

 「施設整備促進支援事業」について 

「診察室を増やしたい」「水回りをバリアフリーにしたい」こうした整備を計画していても、近年の建設費の高騰によって延期せざるを得なかった医療機関も少なくありません。

高騰分を“別枠で”国が給付

「施設整備促進支援事業事業」では、地域医療介護総合確保基金などの補助事業で整備する施設について、令和6年4月1日~令和8年3月31日までの着手分を対象に、資材費等の高騰分を給付金で別枠補填する仕組みになっています【実施要綱7頁】。

【対象となる補助事業例】

  • 医療施設等施設整備費補助金
  • 医療提供体制施設整備交付金
  • 地域医療介護総合確保基金(標準事業例5)

実施タイミングがカギ

この補助金は、令和6年4月1日から令和7年3月 31 日までの間に本体工事の契約を締結している医療機関等であって、令和8年3月 31 日までの間に新築、増改築及び改修に着手していることが求められており、この事業を活用するには、すでに計画・設計が進行している、または意思決定をしている医療機関等であることが前提です。

「分娩・小児医療施設支援事業」|「子どもが産める・育てられる地域」を維持するために

「分娩・小児医療施設支援事業」とは 

医師不足、スタッフの高齢化、収益性の低さなどを理由に、分娩の取扱いや小児病床の維持が困難になる医療機関が全国的に増えています
それでもなお、地域において「出産できる場所」「小児の入院を受け入れる場所」がなくなることは、住民の生活と医療への信頼そのものを脅かす結果につながりかねません。

「分娩・小児医療施設支援事業」とは、特に分娩取扱施設が少ない地域等における分娩取扱機能の維持のための取組を支援するとともに、地域の小児医療の拠点となる施設について、急激な患者数の減少等を踏まえた支援を行い、地域でこどもを安心して生み育てることのできる周産期医療体制及び地域の小児医療体制を確保することを目的とした仕組です。

対象となる施設と要件

この事業の対象となるのは、以下のとおりです【実施要綱第4(1)・(2)】。

【1】分娩取扱施設支援

  • 医療法上の許可を受けた病院・診療所・助産所のうち、
  • 令和5年度に分娩を取り扱った実績があること
  • かつ、令和5年度の分娩取扱件数が平成 29 年度から令和元年度の3年間における分娩取扱件数の平均を下回っていること

【2】小児医療施設支援

  • 医療法に基づく病床を有する病院または診療所のうち、
  • 令和5年度における小児(15歳未満)の入院延べ患者数が、平成 29 年度から令和元年度の3年間の平均を下回っていること

支給額の算定方法

【1】分娩取扱施設

  • 病院・診療所 … 1施設あたり250万円

  • 助産所 …1施設あたり100万円

【2】小児医療施設

  • 小児科病床数 × 25万円
  • ただし令和5年度における小児科部門に係る総事業費から診療収入額、特別交付税及び寄附金その他の収入額を控除した額が上限

つまり、小児病床を有し、入院患者の減少が認められる施設においては、1床あたり最大25万円の支援が実施される形です。

支援のねらいと、制度の意義

この制度は、単に実績の減った施設を“補填”するというものではありません。
むしろ、地域で分娩や小児入院の最後の砦となっている中小規模の施設が、撤退を思いとどまり、持ちこたえるための「経営上の支え」を設けることに意味があります。

  • 人件費の一部に充てる
  • 産科スタッフの確保費用にあてる
  • 小児対応の設備更新費として使う

こうした実質的な使途によって、収益面では厳しいが“なくなっては困る”医療機能を維持しようとする意思を、国が制度として支える構造です。

最後に ― 制度を「使える人」と「使わない人」の差は開く

ここまで紹介した制度は、どれも「申請が複雑だから使えない」ものではありません
むしろ、難しさの本質は、「自施設が対象になるのかどうか」を判断することにあります。

  • 制度の対象かどうか、読み解けない
  • 何を優先して取り組むべきか、整理がつかない
  • 申請のタイミングや整備の計画が未定

そんな不安や迷いがある中で時間が過ぎていくこともあるのではないでしょうか。

今回ご紹介した各種事業は、それぞれに目的が明確であり、また対象施設も具体的に示されています。
まずは、ご自身の医療機関が、どの制度に該当し得るのかを俯瞰的に整理してみることが、第一歩となるはずです。

制度の活用には期限があります。
検討の土台となる情報を整えておくだけでも、未来の選択肢は大きく変わってくるかもしれません。

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【参考資料】医療施設等経営強化緊急支援事業実施要綱
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