ハラスメント初動対応の落とし穴|それ、相談対応として逆効果かもしれません
「主任のAさん、先月から元気ないね」
誰からともなく漏れたそんな言葉――。
それは、ハラスメント“相談”のはずが、“二次被害”を生んだ現場での出来事でした。
ハラスメント問題は、明確な「加害者」「被害者」がいるとは限りません。むしろ、職場の空気や対応のまずさが“関係性そのもの”を壊すことの方が深刻なのです。
※本記事に登場する人物・企業名は、すべてプライバシー保護の観点から架空のものです。ただし、記載されている事例は、当事務所が実際に経験した複数のケースを基に再構成したものであり、その本質は実際の経験に基づいています。
事例|意図せぬ「加害者」にされた職員と、去っていった被害者
ある福祉施設での実話です。
利用者対応のミスが続いていた新人職員が、主任職員に厳しく注意されることがありました。
ある日、その新人が「パワハラを受けた」と相談窓口に訴えました。
施設側は慌てて顧問社労士に対応を依頼。
ところが――
被害者(新人職員)の意向を確認せず、
行為者(主任職員)を“加害者”と決めつけたような聞き取りを行い、
相談記録は整理されないまま“指導”と“注意喚起”のみにとどまった
その結果、主任は「私はもう、誰にも何も言えない」と沈黙し、新人は「相談したのに、逆に浮いてしまった」と退職を申し出ました。
何も解決しないどころか、信頼と職場の雰囲気が崩れただけでした。
厚労省ハラスメント指針等に明記された“初動対応”の大原則
厚労省の「ハラスメントに関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」等では、相談対応においては以下の点を重視すべきであると明記されています:
相談者の心身の状況や言動の受け止め方に十分配慮し、事実確認は丁寧に双方から行うこと
そして、厚労省が出しているハラスメント対策パンフレットにも相談者の意向を初期段階で的確に把握することが必要とされています。
行為を止めてほしいのか
謝罪を求めているのか
今後関わらないようにしてほしいのか
この意向を確認せずに、いきなり聞き取りや懲戒を匂わせてしまうと、被害者・行為者の双方に深刻な“二次被害”をもたらします。
「長年の顧問だから安心」は通用しない時代
「就業規則に書いてあることだから大丈夫」
「記録がないなら問題にならないですよ」
「双方から話を聞いて、あとはご本人同士で解決を」
こうしたアドバイス、実はハラスメント初動対応として最も危険な対応です。
ハラスメントは、職場文化・関係性・感情が複雑に絡む問題です。制度や規定だけでは対処できません。
だからこそ、「ハラスメント防止コンサルタント」といった専門資格、専門的知識、経験をもつ者の関与が必要なのです。
放置された“グレーゾーン”は、やがて明確なリスクに変わる
「指導のつもりだった」が人格否定として記録される
「相談しただけ」なのにチームで孤立していく
「誰も信じられなくなった」と職場が沈黙に包まれる
ハラスメントの芽は、放っておいても消えません。むしろ、対応の“まずさ”によって根を張り、組織の土壌を壊していきます。
最後に|“何もしない”ことの怖さ
相談が遅れれば遅れるほど、
退職者は増え、
書面が残り、
行政対応や訴訟リスクが現実になります。
逆に、適切な初動対応ができれば、信頼は守れます。
記録の取り方一つで、労災認定が左右されます。
聞き取りの仕方一つで、被害者の心は二度と戻りません。
「うちは大丈夫」と思っていても、相談があったその瞬間に“地雷”を踏んでしまうのです。