令和8年度の処遇改善加算はどう変わる? 昨年度との違いと、これからの事業所に求められる対応
令和8年3月13日厚生労働省老健局老人保健課から各市区町村に対して「介護職員等処遇改善加算に関する基本的考え方並びに事務処理手順及び様式例の提示について(令和8年度分)」及び「介護職員等処遇改善加算に関するQ&A(第1版)」が送付されました。
今回の通知では、令和8年度の処遇改善加算の考え方、要件、届出手順が整理され、さらにQ&A第1版で実務上の疑問への回答が示されています。
介護現場では、賃上げの必要性を感じていても、同時にこうした声をよく耳にします。
「加算は取っているが、毎年の届出が重い」
「賃金改善の設計が場当たり的になっている」
「介護職だけでなく、周辺職種とのバランスをどう考えるべきか難しい」
「処遇改善を進めたいが、制度要件と就業規則や賃金制度が噛み合っていない」
先日、私が顧問を務める都内の介護施設経営者様からも、このような切実なご相談をお受けしました。慢性的な人材不足と物価高騰が続く中、現場を最前線で支えるスタッフの処遇改善は、すべての介護事業所にとって「待ったなし」の経営課題です。
本コラムでは、社会保険労務士の視点から、新たに提示された令和8年度の「介護職員等処遇改善加算」の全体像について、解説いたします。
今回の通知でまず押さえたい全体像
通知では、介護職員処遇改善加算、特定処遇改善加算、ベースアップ等支援加算を一本化して令和6年6月に創設された現行の処遇改善加算について、令和8年度改定でさらに見直しが行われたことが示されています。特に大きいのは、処遇改善の対象が「介護職員のみ」から「介護従事者」に拡大された点と、生産性向上や協働化に取り組む事業者向けの上乗せ区分が設けられた点です。さらに、従来は対象外だった訪問看護、訪問リハビリテーション、居宅介護支援等にも新たに処遇改善加算が設けられました。
これは、介護の現場が「介護職だけで回っているわけではない」という現実を、制度側がより強く意識し始めたことを意味します。現場では、相談職、看護、リハ、ケアマネ、事務、送迎、間接支援の職員まで含めて業務がつながっています。どこか一つだけを支えても、組織全体の定着は進みません。
| 比較項目 | 令和7年度(これまで) | 令和8年度(これから) |
|---|---|---|
| 対象者の範囲 | 原則として「介護職員」 | 幅広く「介護従事者」全体へと拡大 |
| 対象サービス | 訪問看護、居宅介護支援などは対象外 | これまで対象外だったサービスにも新規創設 |
| 賃上げの目標水準 | 常勤介護職員一人当たり5.4万円相当等の補助 | 基本の賃上げ+生産性向上等への「上乗せ措置」(最大月1.9万円) |
このように、令和8年度の改定は、単に名前が変わるだけではなく、「対象者」「対象サービス」「評価の軸」が拡張されたな内容となっています。
実務に影響する「3つの重要ポイント」
先にも述べた、今回の改定における、現場の労務管理や経営に直結するポイントを3点に整理します。
対象職種の大幅拡大:「介護職員」から「介護従事者」へ
今までの制度下では、主たる対象者は直接的な介護ケアに携わる「介護職員」とされており、その他の職員への配分は可能であったものの、あくまで制度の主眼は介護職に置かれていました。
しかし、実際の介護現場は、介護職だけで回っているわけではありません。看護師、リハビリ専門職、ケアマネジャー、相談員、事務職、調理・清掃スタッフなど、多職種の連携とチームワークがあってこそ質の高いサービスが提供できます。令和8年度の改定では、処遇改善加算の対象が「介護職員のみから介護従事者に拡大」されました。
これにより、事業所内で柔軟かつ公平な賃金配分がしやすくなります。
ただし、経営者様が自由に配分してよいわけではなく、「職務の内容や勤務の実態に見合わない著しく偏った配分は行わないこと」と明記されています。誰に、いくら配分するのか。客観的で納得性の高い賃金規程の整備が、これまで以上に重要になります。
生産性向上等への「上乗せ措置」
令和8年度は、介護従事者を対象に幅広く月1.0万円(3.3%)の賃上げを実現する措置がベースとして実施されます。
それに加えて、「生産性向上や協働化に取り組む事業者の介護職員」を対象に、月0.7万円(2.4%)の「上乗せ措置」が実施されます。
定期昇給分(0.2万円)を含めると、合計で最大月1.9万円(6.3%)もの賃上げが実現する仕組みへと発展しました。
なお、この上乗せ措置(令和8年度特例要件)を満たすためには、以下のいずれかの取組が求められます。
- ケアプランデータ連携システムの利用(又は利用の誓約)
- 生産性向上推進体制加算Ⅰ又はⅡの算定(又は算定の誓約)
- 社会福祉連携推進法人への参画
つまり、これからの時代は「ただマンパワーに頼って介護をする」事業所ではなく、「ICTやデータを活用して業務効率化を図る」「他法人と協働して経営基盤を強化する」事業所に対して、国が重点的に資金(加算)を投下するという明確なインセンティブ設計なのです。
対象外だったサービス(訪問看護・居宅介護支援等)への新設
昨年度(令和7年度)までは、訪問看護、訪問リハビリテーション、居宅療養管理指導、福祉用具貸与、居宅介護支援(ケアマネジャー)などは、指定基準上介護職員が配置されていないことなどを理由に「対象外(非対象サービス)」とされていました。
これが令和8年度からは劇的に変わります。これまで処遇改善加算の恩恵を受けられなかったこれらのサービスに対しても、新たに処遇改善加算(加算率1.5%〜2.1%等)が創設されることになりました。
地域包括ケアシステムの要であるケアマネジャーや訪問看護師の処遇改善が制度化されたことは、医療法人や多角的なサービスを展開する法人にとって、法人全体での採用や人材定着を進める上で心強い材料となるでしょう。
押さえておきたい「介護職員等処遇改善加算の要件」
令和8年6月以降、処遇改善加算は「Ⅰイ」「Ⅰロ」「Ⅱイ」「Ⅱロ」「Ⅲ」「Ⅳ」といった新しい区分で運用されます(令和8年4・5月はⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ)。 上位の加算を取得するためには、以下の複雑な要件を満たす必要があります。
月額賃金改善要件とキャリアパス要件(Ⅰ〜Ⅴ)
- 月額賃金改善要件:処遇改善加算Ⅳを算定する場合に見込まれる加算額の2分の1以上を、「基本給または決まって毎月支払われる手当」の改善に充てること。
- キャリアパス要件Ⅰ(任用要件・賃金体系の整備等):職位や職責に応じた任用要件と賃金体系を定め、就業規則等で書面化し周知すること。
- キャリアパス要件Ⅱ(研修の実施等):資質向上の目標や計画を策定し、研修機会の提供や資格取得支援を実施すること。
- キャリアパス要件Ⅲ(昇給の仕組みの整備等):経験や資格、一定の評価基準に基づいて定期に昇給する仕組みを設け、就業規則等で書面化し周知すること。
- キャリアパス要件Ⅳ(改善後の年額賃金要件):経験・技能のある介護職員のうち1人以上は、賃金改善後の賃金見込額が年額440万円以上であること。
※小規模事業所で賃金バランスの配慮が必要な場合など、合理的な説明がある場合は例外が認められます。 - キャリアパス要件Ⅴ(介護福祉士等の配置要件):サービス類型ごとに一定以上の介護福祉士等を配置(サービス提供体制強化加算等の対象となっていること)していること。
職場環境等要件
【重要】生産性向上や協働化を促す「令和8年度特例要件」
- (ア)ケアプランデータ連携システムの利用(対象サービス限定)
- (イ)生産性向上推進体制加算Ⅰ又はⅡの算定(対象サービス限定)
- (ウ)社会福祉連携推進法人への所属
令和8年度の特別な「誓約」による救済措置
処遇改善加算の算定に係る事務処理手順
計画書と体制届出の期限(自治体によって異なる場合あり)
| 手続きの種類 | 対象となる事業所・期間 | 提出期限 |
|---|---|---|
| 体制等状況一覧表(体制届出) | 令和8年4月から新規算定・区分変更する場合 | 原則として令和8年4月1日(都道府県知事等の判断で4月15日まで柔軟な取扱いが可能) |
| 新設サービス等で令和8年6月以降から算定する場合 | 居宅系:令和8年5月15日 施設系:令和8年6月1日(都道府県知事等の判断で6月15日まで柔軟な取扱いが可能) | |
| 処遇改善計画書の提出 | 令和8年4・5月分、及び6月以降分 | 令和8年4月15日 |
| 加算新設事業所など、令和8年6月以降からのみ算定する場合 | 令和8年6月15日 | |
| 実績報告書の提出 | 全ての算定事業所 | 最終の加算支払があった月の翌々月末(通常は令和9年7月31日) |
複数の事業所を有する法人は、事業所ごとではなく法人単位で一括して計画書や実績報告書を作成することが認められています。
当事務所の見解|制度改正を組織づくりの契機とする
繰り返される制度改正を「事務負担の増加」と捉えるだけでなく、その背景にある意図を汲み取ることが重要です。国は、ICT等を活用して業務フローを見直し、多職種が専門性を発揮できる組織をより高く評価する方向へ舵を切っています。
これからの処遇改善加算は、単なる給与補填ではなく、地域の「選ばれる事業所」になるための戦略的なリソースと捉えるべきです。適正な評価制度の構築や生産性の向上に取り組み、その成果を職員へ還元する「好循環」を作ることが、今後の人材獲得競争において重要になります。
これまでの処遇改善加算は「他社も取っているから、うちも取らないと人が辞めてしまう」という『防衛的』な意味合いが強かったかもしれません。しかし、これからの本制度は、他施設を引き離し、地域の圧倒的な一番星(求職者から選ばれる事業所)になるための『戦略的』な投資資金と捉えるべきです。
納得性の高い人事評価制度の構築。生産性向上要件を満たすためのシステム導入と、それに伴う残業時間の削減。そして、利益によるさらなる職員還元――。
この「好循環」を回せる事業所が、今後の厳しい人材獲得競争を生き抜くことができると私は考えます。
当事務所では、加算の申請手続きにとどまらず、職員のモチベーション向上や離職防止につながる人事制度の構築まで含めてサポートいたします。令和8年度の改正を機に、より強固な組織基盤を築くためのパートナーとして、当事務所の知見をご活用ください。















