令和7年度「医療機関等における賃上げ・物価上昇支援事業」|医療経営の未来を守るために、今すぐ備えるべきこと

NotebookLMより作成

令和8年1月26日、厚生労働省から「令和7年度 医療機関等における賃上げ・物価上昇に対する支援事業の実施について」という通知が発出されました。

今回の通知は、医療機関の経営にまとわりつく二つの重荷――「人件費を上げたいのに原資が読めない」「物価高がじわじわ効いてくる」――に対して、国が“制度として”手当てを用意したものです。ありがたい話ではありますが、同時に、進め方を誤ると現場への説明が揺らいだり、事務局が後から整理に追われたりしやすいタイプの支援でもあります。

特に賃上げ支援は、「支給される」だけで終わりません。ベースアップの実施時期、6月以降の維持、報告による確認までが最初からセットで設計されています。つまり、支援金そのもの以上に、賃金の組み立て方と“残し方”で差が出ます。

【参考資料】[実施要綱]令和7年度 医療機関等における賃上げ・物価上昇に対する支援事業の実施について
【参考サイト】厚労省 令和7年度 医療機関等における賃上げ・物価上昇支援事業について
【参考サイト】東京都 医療機関等における賃上げ・物価上昇に対する支援事業

4つの支援メニュー

今回の支援は、ざっくり言うと「賃上げ」と「物価」の2系統があり、それぞれが「病院」と「診療所等(診療所・薬局・訪問看護)」で分かれます。ここを取り違えると、申請先や手順がズレやすくなります。最初に整理しておくと、その後の検討がスムーズです。

区分事業(通称)主な対象実施主体(窓口のイメージ)ねらい
賃上げ病院賃上げ支援事業病院国(厚労)ベースアップ等の処遇改善
物価病院物価支援事業病院国(厚労)診療等に必要な経費の物価上昇対応
賃上げ診療所等賃上げ支援事業診療所、薬局、訪問看護ST都道府県ベースアップ等の処遇改善
物価診療所等物価支援事業診療所、薬局都道府県診療等に必要な経費の物価上昇対応

押さえておきたいポイントは、次の二つです。

第一に、手続きの窓口が違うことです。病院向けの支援(病院賃上げ支援・病院物価支援)は国が実施主体で、診療所・薬局・訪問看護ステーション向けの支援(診療所等賃上げ支援・診療所等物価支援)は都道府県が実施主体です。実施主体が違う以上、申請窓口、求められる書類、期限、問い合わせ先が変わります。院内の担当部署や進め方もここに合わせて決めておかないと、途中で確認先が変わり、準備した資料の出し直しが発生しやすくなります。

第二に、想定されている使い道と説明の筋が違うことです。賃上げ支援は、従事者の処遇改善(ベースアップ等)につなげることが前提で、実施時期や一定期間の維持、報告による確認まで含めて設計されています。一方の物価支援は、診療等に必要な経費の物価上昇に対応するための支援で、狙いが別です。両者を一括りにすると、「どちらで何をカバーしたのか」が院内で曖昧になり、後から職員や説明が求められる場面で整理しづらくなります。

だからこそ、院内では最初に、“窓口(国か都道府県か)”と“目的(賃上げか物価か)”を切り分けて整理するのが安全です。会計処理も、現場への共有も、そのほうが筋が通りやすく、後工程の負担を減らせます。

「同じ支援金だから一緒に考えよう」としてしまうと、賃上げ側の“維持・報告”の要件を、物価側の感覚で見てしまいがちです。ここが最初の落とし穴です。

支給額について

賃上げ支援:支給額

施設類型支給額(原則)補足
病院許可病床数 × 84千円許可病床数は医療法上の使用許可病床(基準日は要綱の定め)
有床診療所(医科・歯科)許可病床数 × 72千円2床以下は1施設150千円
無床診療所(医科・歯科)1施設150千円
訪問看護ステーション1施設228千円
薬局グループ店舗数で段階1〜5:145千円/6〜19:105千円/20以上:70千円

病院と有床診療所は病床数に比例しますが、無床診療所と訪問看護ステーションは施設ごとに金額が固定です。

薬局はさらに独特で、同一グループ内の保険薬局数で段階が変わります。

この違いを整理しておくと、院内で「規模感から見て支給額はこの程度だろう」「病床がないため対象外だろう」といった先入観に基づく判断を避けやすくなります。特に薬局は、グループ内店舗数の捉え方が不明確なまま試算を進めると、前提条件がずれた状態で議論が進んでしまいます。まずは「同一グループ内の店舗数」を根拠資料に照らして確定させ、そのうえで金額の検討に入るのが堅実です。

物価支援:支給額

施設類型支給額(原則)補足
病院許可病床数 × 111千円 + 機能加算(いずれか1つ)救急/全麻手術/分娩のうち高い加算(併給不可)
有床診療所(医科・歯科)許可病床数 × 13千円13床以下は1施設170千円
無床診療所(医科・歯科)1施設170千円
薬局グループ店舗数で段階1〜5:85千円/6〜19:75千円/20以上:50千円

物価支援は、病院だけが「病床数×単価」に加えて、機能(救急・全身麻酔手術・分娩など)に応じた加算が入り得る設計です。ただし併給はできず、いずれか一つ(高い加算)という整理になる点には留意が必要です。

一方、診療所・薬局は比較的シンプルで、固定額または病床数連動、薬局は店舗数段階という枠組みです。病院は“加算判定”という工程が入る分、早い段階で自院がどの区分に該当しそうかを確認しておくと、申請準備の段階での手戻りや確認作業を抑えやすくなります。

スケジュールについて

フェーズ期間(要綱の枠組み)求められる方向性現場で起きがちなズレ
ベースアップの実施令和7年12月〜令和8年5月基本給または毎月固定で払う手当の引上げ「一時金を払ったからOK」と思いやすい
6月以降の維持(または拡大)令和8年6月1日以降上記水準を維持または拡大6月以降の賃金設計が未整備で説明が崩れる
規程改定が間に合わない場合の扱い令和7年12月〜令和8年3月(4か月分)一時金・特別手当での支給も可能ただし4〜5月のベースアップ、6/1から相当水準のベースアップへ移す設計が必要
報告・確認令和8年8月1日まで等報告書提出→充当確認証憑不足で事務局が年度末に抱え込む

ここで最も重要なのは、「12〜5月に実施」だけでなく、「6月1日以降も維持」が当初から求められている点です。

規程改定に時間を要する場合に、一時金で対応する取扱いは設けられていますが、これは対応を漫然と先延ばしにできる趣旨ではありません。あくまでも、6月以降に恒常的な賃金体系として移行させるための移行期間(準備期間)として位置づけておく方が、制度の趣旨にも現場運用にも整合します。

病院向け:実務上の注意点

病院:賃上げ支援で押さえるべき実務

病院の賃上げ支援は、支給額が病床数連動で試算しやすい反面、院内の議論が割れやすいのが「誰にどう配るか」です。対象職員の範囲や、配分の考え方が要綱で示されており、ここを曖昧にすると“現場説明”の難易度が跳ね上がります。

「ベースアップ」をどうするか(基本給か、毎月固定の手当か)

要綱上、ベースアップは「基本給」または「決まって毎月支払われる手当」の引上げが軸です。現場でありがちなのは、年末の忙しさの中で「とりあえず特別手当で支給した」まま、規程改定・賃金表改定が後回しになることです。

この状態が続くと、6月以降の維持(または拡大)に着地できません。賃上げが“その場しのぎ”に見えてしまい、職員の受け止めも揺れます。結果として、定着に効かないだけでなく、事務局の説明負担が増える可能性があります。ここは経営上の負担が表面化しやすい点です。

配分設計は“偏りすぎ”にも“薄く広く”にも注意が必要です

要綱では、一部職員や一部施設への著しい偏りは避けるべきとされつつ、職種ごとの傾斜配分自体は可能とされています。

この“両立”が難しいところです。例えば、看護補助者や周辺業務の職種に重点を置きたい。これは合理的です。一方で、説明が雑だと「なぜこの職種は薄いのか」「なぜこの部署は対象感が薄いのか」という不満が生まれます。

賃上げは、金額そのものより「扱われ方」で空気が決まります。配分設計は、制度要件を満たすだけでなく、院内の信頼を落とさないことが同じくらい重要です。ここを丁寧にやるかどうかで、賃上げが“追い風”になるか、“火種”になるかが変わります。

「水準を低下させてはいけない」とは?

要綱では、一定期間、賃金項目(業績等に応じて変動するものを除く)の水準を低下させないことが求められています。

実務上怖いのは、賃上げのつもりで手当を組み替えた結果、別の固定手当が実質的に縮んで見えることです。給与は“総額”だけではなく、“内訳”の筋が通っているかで納得感が決まります。規程・賃金表・給与計算の実装をセットで整えておくことが、結局いちばん早道です。

報告の重要性

賃上げ支援は、賃金改善報告書の提出により、支給額が要綱に沿って充当されたか確認されます。確認の結果、充当が不足していれば減額確定・返還の枠組みもあります。

ここで大切なのは、報告書の体裁を整えること以上に、賃金改善の根拠が“給与台帳と規程でつながっている状態”を作っておくことです。忙しい病院ほど、年度末に「誰が、いつ、何を決めたか」が曖昧になりがちです。最初から筋道を立てて残しておくと、事務局の消耗が減ります。

病院:物価支援のポイント

病院の物価支援は、基本の「病床数×111千円」に、機能に応じた加算が上乗せされる設計です。ここで混乱しやすいのが、加算が「救急」「全身麻酔手術」「分娩」など複数ある一方、併給できない点ではないでしょうか。

加算の区分位置づけ先に確認しておきたいこと
救急対応受入実績等で段階がある病床機能報告等で根拠となる数値を確定
全身麻酔手術実績等で段階がある救急の位置づけ等により条件が分岐し得るため要綱表で確認
分娩実績等で段階がある同上(条件分岐があり得る)

病院の物価支援は、診療所等と異なり、機能に応じた加算の区分判定が伴います。ところが、この判定を申請間際まで先送りにしてしまうと、「救急で整理するのか、分娩で整理するのか」といった前提が固まらないまま、根拠資料の確認・数値の突合・内部合意が同時進行になり、事務局の負担が急増しがちです。

そのため、早い段階で病床機能報告等の数値と照合し、まずは「どの加算区分を主軸として検討するか」を候補レベルでも一本化しておくことをおすすめします。これだけでも、以降の確認作業が整理され、申請準備を安定して進めやすくなります。

診療所・薬局・訪問看護ステーション向け:実務上の注意点

診療所・薬局・訪問看護ステーション|賃上げ支援の注意点

診療所等の賃上げ支援は、スケジュール(12〜5月の実施、6/1以降の維持)が病院と同じ構造です。

一方、要件が施設類型ごとに少し違います。ここを間違うと、「うちは届出が必要?誓約でいい?」と要件がぐらついてしまいます。

施設類型要件のイメージ(要綱の枠組み)実務で先に確認したいこと
診療所(有床・無床)一定時点でベースアップ評価料の届出が前提いつの時点で届出が要件になるか(期日)
訪問看護ST一定時点でベースアップ評価料の届出が前提同上
薬局見直し後評価料の届出を誓約する扱い等誓約と届出の段取り、グループ店舗数の確定

診療所・訪問看護については「ベースアップ評価料の届出をしていること」が要件として想定されるため、手続きの前提は比較的イメージしやすいと思います。これに対して薬局は、「見直し後の評価料を届け出ることを誓約する」といった形で要件が示されるため、届出との関係や、いつ何を整えるべきかが少し分かりにくくなりがちです。ここが曖昧なまま準備を進めると、後から要件の解釈や段取りの見直しが必要になり、作業の組み立て直しが発生しやすくなります。

したがって、早い段階で「届出(または誓約)に関する前提」と「支給額を左右する条件(特に薬局はグループ内店舗数の段階)」を確定しておくことが重要です。前提が固まれば、次の論点である賃金項目の設計や配分方針の検討に、迷いなく進めやすくなります。

診療所・薬局|物価支援は“シンプル”だからこそ、院内の線引きが大事

診療所等の物価支援は、無床なら固定額、有床なら病床数連動、薬局は店舗数段階と、病院に比べて構造が分かりやすい部類です。分かりやすいからこそ、「何に使ったか」の整理が雑になりがちです。

物価支援は、人件費(賃上げ)ではなく、診療等に必要な経費の物価上昇への対応を目的としています。賃上げ支援と混ぜてしまうと、後で「なぜこの支出がここに入っているのか」という説明が苦しくなります。

経理・事務の方にとっては、分かりやすい分、整理が後回しになりやすい点に注意が必要です。線引きを早めに決めておくと、後工程が軽くなります。

想定しうるリスク

制度を活用する場面でつまずきやすい点は、ある程度パターン化されています。ここでは、医療機関で実務を進める際に生じやすい論点として、代表的なものを整理します。

一つ目は、年度末や人事・給与改定の繁忙に押されて、一時金で対応した後、6月以降のベースアップ設計(恒常的な賃金体系への移行)が固まりきらないケースです。この状態だと、職員側には「一時的な対応なのではないか」という受け止めが残りやすく、処遇改善が定着につながりにくくなります。また、事務局側も、後から説明資料や根拠の整理に追われやすくなります。

二つ目は、配分方針の根拠が十分に整理されないまま進んでしまうケースです。職種ごとの傾斜配分は許容され得る一方で、偏りが強いと、制度上の考え方との整合性だけでなく、院内の納得感にも影響します。結果として、処遇改善の意図が十分に伝わらず、かえって内部の温度差を生む要因になり得ます。

三つ目は、賃金項目の組み替えによって、意図せず別の固定的な賃金項目が低下して見えるケースです。給与は総額だけでなく内訳の整合性が重要で、項目の見え方が変わるだけでも受け止めに影響します。制度要件との整合を確保しつつ、給与規程・賃金表・給与計算上の実装まで一体で整えることが、実務上は最も安全です。

まとめ|当事務所の考え

今回の通知は、医療機関にとって「賃上げ」と「物価高」の両方に、制度として手当てが入る内容です。一方で、賃上げ支援は特に、実施時期、6月以降の維持、報告による確認という筋道が明確で、読み違えると後で説明が苦しくなりやすい仕組みでもあります。

経営層として大切なのは、「もらえるかどうか」だけで判断しないことです。もらうなら、院内の賃金制度に無理なく落とし込み、現場に誠実に説明でき、後から書類で説明できる形に整えること。ここを曖昧にしたまま走ると、忙しい医療機関ほど事務局が抱え込みやすくなり、その抱え込みが次の離職やミスを呼びます。

貴院・貴法人の病床数、施設類型、ベースアップ評価料の届出状況、職種構成、現行の給与規程・賃金表の状況が分かれば、今回の支援がどの枠に当たり、どこでつまずきやすいかはかなり早い段階で整理できます。

特に、配分設計と、6月1日以降の維持の設計、報告時に説明できる記録の整え方は、最初に筋道を立てた方が後が楽です。

迷ったときほど、「申請できるかどうか」より先に、いったん当事務所で論点を整理しておくことをおすすめします。支給額の試算、賃金項目(基本給・毎月固定の手当)の設計、職種ごとの配分理由の組み立て、規程改定の段取り、そして報告に耐える記録の残し方まで、最初に“筋の通る形”にしておくと、現場への説明もスムーズになり、事務局の負担も大きく減ります。

ご相談の際は、貴院・貴法人の状況に即して、進め方の選択肢と注意点を整理し、院内で判断しやすい形に整えてご提案いたします。

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【参考資料】[実施要綱]令和7年度 医療機関等における賃上げ・物価上昇に対する支援事業の実施について
【参考サイト】厚労省 令和7年度 医療機関等における賃上げ・物価上昇支援事業について
【参考サイト】東京都 医療機関等における賃上げ・物価上昇に対する支援事業

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