「無期転換ルール及び多様な正社員等の労働契約関係の明確化に関する考え方と裁判例」が公表されました

12月23日、厚生労働省より「無期転換ルール及び多様な正社員等の労働契約関係の明確化に関する考え方と裁判例」という資料が公表されました

これは、近年トラブルが増加している「有期契約労働者の無期転換(いわゆる5年ルール)」や、「勤務地・職種限定社員の労働条件」について、過去の裁判例をもとに国の考え方を整理したものです。

特に、医療・介護・福祉業界や中小企業の経営者の皆様にとって、本資料の内容は「知らなかった」では済まされない重要なポイントを含んでいます。これまでの運用が「違法」と判断されるリスクがないか、最新の情報を基に解説します。

【参考資料】無期転換ルール及び多様な正社員等の労働契約関係の明確化に関する考え方と裁判例

無期転換ルールを巡る「雇止め」の境界線

労働契約法により、有期契約が通算5年を超えると、労働者の申し込みによって無期契約へ転換できるルールがあります。この「5年」を迎える直前の対応について、司法はどのような判断を下しているのでしょうか。

直前の雇止めは「脱法行為」とみなされるリスク

「無期転換権が発生する直前に契約を終了させれば問題ない」と考えている場合、その判断は極めて危険です。

資料で紹介されている「公益財団法人グリーントラストうつのみや事件」(宇都宮地判 令和2年6月10日)では、無期転換申込権が発生する直前での雇止めが無効と判断されました
裁判所は、業務が恒常的であったことや、更新手続きが形式的だったことを指摘し、「契約更新への合理的な期待」がある以上、それを一方的に断ち切る雇止めは認められないと結論づけています

「更新上限(5年など)」はいつ設定したかが重要

では、あらかじめ契約更新の上限(例:通算5年まで)を設けることはどうでしょうか。これについては、「設定のタイミング」が判断基準となります。

【NG事例】後から上限を追加する

「博報堂事件」(福岡地判 令和2年3月17日)では、長く働いている社員に対し、後から就業規則を変更して「5年上限」を適用しようとしました。
裁判所は、労働者が契約書に押印していたとしても、それは「雇止めに同意した」わけではなく、「更新のためにやむを得ず押印した」に過ぎないとして、雇止めを無効としました

【OK事例】最初から合意している

一方で、「日本通運(川崎)事件」(東京高判 令和4年9月14日)では、最初の契約締結時から「更新は5年まで」と明確に合意しており、面談でも説明がなされていました
この場合、労働者側に更新への期待権は発生しないため、雇止めは有効と判断されています

実務のポイント: 「後出し」でのルール変更は非常にリスクが高いと言えます。上限を設けるなら、採用の入り口(最初の契約時)で明確に説明し、合意を得ておく必要があります

2. 「多様な正社員」の落とし穴──勤務地・職務の限定

人手不足対策として、転勤のない「地域限定正社員」や、特定の業務のみを行う「職務限定正社員」を導入する企業が増えています。しかし、ここにも注意すべき法的論点があります。

「限定合意」がある場合の異動命令は無効

今年4月に出されたばかりの「滋賀県社会福祉協議会事件」(最二小判 令和6年4月26日)の判決は、多くの法人にとっても私個人としても衝撃的なものでした

職種や業務内容を限定する合意がある職員に対し、本人の同意なく配置転換を命じた事案ですが、最高裁は「限定合意がある以上、使用者は同意なしに配転を命じる権限を持たない」と判断しました

これは、例えば「A施設勤務」として採用した職員を、人手が足りない「B施設」へ異動させる場合、本人の納得と同意がなければ命令できないことを意味します。

「同意」は自由な意思でなければならない

では、形式的に同意書を取ればよいかというと、そうではありません。

ある意味リーディングケースな判例となっている「山梨県民信用組合事件」(最二小判 平成28年2月19日)では、労働条件の変更に対する同意書に署名があっても、十分な説明や情報提供がなければ「自由な意思に基づく同意」とは認められないとされました

特に介護・福祉の現場では、事業所間の異動が頻繁に行われることがありますが、契約内容に「勤務地の限定」が含まれていないか、今一度確認が必要です。

「職務限定」なら解雇しやすいという誤解

「特定の職務で採用したのだから、その仕事がなくなれば解雇できるのではないか」という相談を受けることがありますが、日本の労働法制において解雇のハードルは依然として高いのが現実です。

原則は「整理解雇法理」が適用される

「学校法人奈良学園事件」(奈良地判 令和2年7月21日)では、職種限定の職員であっても、整理解雇の4要件(人員削減の必要性、解雇回避努力など)が適用されると判断されました たとえ職務が限定されていても、他部署への配置転換の可能性を検討するなど、解雇回避の努力を尽くしていない場合、解雇は無効となります

高度専門職の例外

例外的に、「フェイス事件」(東京地判 平成23年8月17日)のように、高度な専門性を持ち高額な報酬を得ているケースでは、その職務が消滅した場合の解雇が有効とされた例もあります しかし、一般的な実務においては、「ブルームバーグLP事件」 のように、能力不足を理由とする解雇であっても、教育訓練や改善の機会を与えることが求められます。

当事務所の見解|曖昧さを排除し「選ばれる組織」へ

今回公表された資料から読み取れるのは、「契約内容の明確化」と「誠実な合意形成」の重要性だと思います。

これまでの日本型雇用では、「詳細は入社してから」「会社の命令には包括的に従う」という曖昧な契約関係が多く見られました。しかし、裁判例が示しているのは、そうした曖昧さが通用しなくなっているという現実です。

契約の「入り口」を再点検する

トラブルの多くは、契約時の説明不足や認識のズレから生じています。「無期転換の上限」や「異動の有無」については、最初の契約書および労働条件通知書に明確に記載し、口頭でも説明を行ってください。

「とりあえず契約書を作っておく」ではなく、実態に即した内容になっているかの点検が最重要です。

「多様な正社員」を戦略的に活用する

「異動させられないなら、限定正社員はリスクが高い」と考えるのではなく、これを人材確保の武器として活用すべきです。

「転勤なし」「職務限定」は、求職者にとって大きな魅力です。 重要なのは、「異動がある正社員(総合職)」と「限定正社員」の区分を明確にし、給与などの処遇に合理的な差を設けることです。ルールさえ明確であれば、労使双方にとって納得感のある働き方を提示できます。

信頼関係こそが最大のリスクヘッジ

法律論も重要ですが、最終的に問われるのは「労使の信頼関係」です。
裁判で会社側が敗訴するケースの多くは、説明不足や一方的なルールの変更など、不誠実な対応が見られる場合です。逆に言えば、日頃から丁寧な対話を行い、変更が必要な場合は誠意を持って説明を尽くすことで、多くの法的リスクは回避可能です。

当事務所では、今回の厚生労働省公表資料に基づき、貴社の就業規則や雇用契約書が現行の裁判例に照らしてリスクがないか、診断・アドバイスを行っております。

「うちは大丈夫だろうか」と少しでも不安を感じられた経営者様は、ぜひお気軽にご相談ください。

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【参考資料】無期転換ルール及び多様な正社員等の労働契約関係の明確化に関する考え方と裁判例

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