令和8年度改定を待たずに始まる賃上げ支援!「医療・介護等支援パッケージ」と今後の処遇改善の行方を解説
12月12日、第250回社会保障審議会介護給付費分科会が開催され、介護人材確保に向けた処遇改善等に関する重要な議論が行われました。
今回の議論で示されたのは、単なる「将来の制度変更」の話だけではありません。足元の物価高や他産業への人材流出という厳しい現状に対し、国が用意した「即効性のある支援策」と、将来にわたって事業を継続するための「経営モデルの転換」という2つの大きなメッセージが含まれています。
介護事業所の経営者様や人事労務ご担当者様におかれましては、日々の運営に追われる中で、こうした国の動きをキャッチアップすることは容易ではないかもしれません。しかし、今回示された内容は、令和8年度の介護報酬改定を見据えた重要な布石であり、今すぐ活用できる財務支援でもあります。
本記事では、社労士の視点から以下の2点を中心に、難解な行政資料を噛み砕いて解説します。
- 即時的な財務支援:「医療・介護等支援パッケージ」を通じて、事業者が今すぐ活用できる具体的な支援策の内容。
- 令和8年度介護報酬改定の方向性:12月12日の分科会で示された主要論点から、今後事業者が備えるべき人事・経営戦略。
【参考サイト】厚生労働省 第250回社会保障審議会介護給付費分科会資料
【参考資料】令和7年11月28日「介護保険最新情報」vol.1444 「医療・介護等支援パッケージ」及び「重点支援地方交付金」の双方の活用について
緊急対応:「医療・介護等支援パッケージ」による即時的な賃上げ支援
令和8年度の介護報酬改定を待たずして、喫緊の課題である人材流出の防止と物価高騰に対応するため、「医療・介護等支援パッケージ」が緊急措置として設けられました。
これは、「「強い経済」を実現する総合経済対策」の一環であり、介護分野における賃上げや事業継続を強力に後押しするものです。(出典:介護保険最新情報 Vol.1444)
パッケージの全体像と予算
このパッケージは、令和7年度補正予算案において、介護分野に総額2,721億円が計上されています。その内訳は、単なる賃上げ支援にとどまらず、事業経営の根幹を支える以下の4つの柱で構成されています。
Ⅰ 介護分野の職員の賃上げ・職場環境改善支援事業(1,920億円)
パッケージの中核をなす事業。職員の直接的な賃金引き上げと、働きやすい職場環境の整備を支援します。
Ⅱ 介護事業所・施設のサービス継続支援事業(510億円)
人件費以外のコスト高騰に対応する重要な支援です。食料品費、光熱費、訪問サービスの移動経費、災害備蓄品の購入費など、事業継続に不可欠な経費を補助し、経営の安定化を図ります。
Ⅲ 介護テクノロジー導入・協働化・経営改善等支援事業(220億円)
ICT機器や介護ロボットの導入、小規模事業者の協働化による経営効率化など、生産性向上に向けた取り組みを資金面で支援します。
Ⅳ 訪問介護・ケアマネジメントの提供体制確保支援事業(71億円)
特に人材不足が深刻な訪問介護や居宅介護支援事業所の人材確保、業務負担軽減、提供体制の強化を目的とした総合的な支援策です。
賃上げ・職場環境改善支援事業(1,920億円)の詳細
特に事業者の皆様にとって重要なのが、予算の約7割を占める「ア 介護分野の職員の賃上げ・職場環境改善支援事業」です。この事業は、令和7年12月から令和8年5月までの賃上げを対象としており、以下の3階建ての構造となっています。
幅広い介護従事者への賃上げ支援(月額1.0万円相当)
- 介護分野で働く幅広い従事者を対象に、月額1.0万円相当の賃上げ支援が実施されます。
- 【重要】処遇改善加算を取得していること、または対象外サービス(訪問看護等)の場合はそれに準ずる要件を満たすことが必要です。
生産性向上等に取り組む事業所の介護職員への上乗せ支援(月額0.5万円相当)
上記に加えて、生産性向上や協働化に積極的に取り組む事業所で働く介護職員には、さらに月額0.5万円が上乗せされます。具体的な要件例は以下の通りです。
- 訪問・通所サービス等: ケアプランデータ連携システムに加入している(または加入見込みである)こと。
- 施設・居住サービス等: 生産性向上推進体制加算Ⅰ又はⅡを取得している(または取得見込みである)こと。
介護職員の職場環境改善支援(月額0.4万円相当)
職場環境の改善に取り組む事業者を対象とした支援です。この支援金を人件費に充当した場合、介護職員に対して月額0.4万円の賃上げに相当します。
「重点支援地方交付金」との併用について
多くの事業者が気にする点として、「重点支援地方交付金」との関係性が挙げられます。結論から申し上げると、この2つの制度は目的が異なるため、両方を活用することが可能です。
- 重点支援地方交付金: エネルギー価格や食料品価格などの物価高騰への対策という、より一般的な目的を持ちます。
- 医療・介護等支援パッケージ: 賃上げやサービス継続支援など、介護分野に特化した目的を持ちます。
- 訪問系: 訪問・送迎に必要な移動経費など(1事業所あたり20万円~50万円など規模による)
- 施設系: 災害時の備蓄(食料品、簡易トイレ、ポータブル発電機等)の購入費など。
- 食事提供支援: 施設入所者への食事提供に係る食料品購入費等の補助(定員1人あたり1.8万円)。
これらを組み合わせることで、人件費と物件費の両面から経営を支えることができます。自治体によって申請スケジュールが異なるため、情報の見落としがないよう注意が必要です。厚生労働省は、双方の枠組みを積極的に活用し、事業所への支援を強力に進めるよう呼びかけています。
令和8年度介護報酬改定の方向性:3つの主要論点
今回の分科会では、上記の緊急支援策だけでなく、令和8年度の介護報酬改定に向けた議論の方向性として、次期改定の骨子とも言える3つの論点が示されました。(出典:第250回社保審-介護給付費分科会 資料1)
論点①:処遇改善の基本的な考え方
令和8年度の処遇改善については、全く新しい加算を創設するのではなく、現行の「介護職員等処遇改善加算」を拡充する形で対応する案が示されました。
施行時期については、令和6年度改定での一本化が6月施行だったことを踏まえ、令和8年6月を念頭に検討が進められます。
また、より抜本的な見直しや体系の整理については、令和9年度改定に向けて、今回の措置の効果を検証した上で行う方針も示唆されています。
論点②:処遇改善加算の対象範囲が拡大へ
これまでで最も大きな変更点と言えるのが、処遇改善加算の対象範囲の拡大です。具体的には、以下の2つの拡大が提案されました。
介護職員以外の従事者も対象に
現行制度では主に介護職員が対象でしたが、今後は看護職員、介護支援専門員、事務職員など、介護現場で働く介護職員以外の従事者も新たに対象に含めることが提案されています。
対象サービスの追加
これまで加算の対象外だった以下のサービスも、新たに対象に加える案が示されました。
- 訪問看護、介護予防訪問看護
- 訪問リハビリテーション、介護予防訪問リハビリテーション
- 居宅介護支援、介護予防支援
特にケアマネジャーや看護職員は、他産業や医療分野との賃金格差が課題となっており、人材確保の観点からも今回の対象拡大は非常に重要な一歩と言えるでしょう。
論点③:加算要件の変更点と事業者が今から備えるべきこと
加算の対象拡大に伴い、取得要件にも変更が提案されています。これは事業者が今から準備すべき、非常に実務的な内容です。変更点を明確に理解するため、以下の表に整理しました。
| 既存対象サービス (例:訪問介護、施設サービス等) | 新規対象サービス (例:訪問看護、居宅介護支援等) | |
|---|---|---|
| 主な変更点 | 既存の加算Ⅰ・Ⅱの加算率を上乗せするための新要件が追加 | 処遇改善加算の新規算定が可能に |
| 新要件 | 「生産性向上や協働化に向けた取組」の実施 (例:ケアプランデータ連携システム導入、生産性向上推進体制加算の取得等) | 現行の処遇改善加算Ⅳに準ずる要件 (キャリアパス要件Ⅰ・Ⅱ、職場環境等要件) |
| 経過措置 | 生産性向上等に取り組む場合、キャリアパス要件等を令和8年度中に満たすことを誓約すれば、年度当初から上位加算を取得可能 | 令和8年度中に要件を満たすことを誓約すれば、年度当初から加算を取得可能 |
一方で、短期間での体制整備は現場にとって大きな負担となりかねません。そのため、国は以下のような事務負担軽減の配慮措置も提案しています。
- 誓約書での対応: 令和8年度中にキャリアパス要件などを整備することを「誓約」すれば、年度当初から加算を取得できるようにする。
- 要件の免除: 新規対象サービスにおいて、「生産性向上や協働化」に取り組んでいれば、キャリアパス要件等の整備を免除する。
つまり、「まずは賃上げと効率化をスタートさせ、制度整備は走りながら整えていけば良い」というメッセージとも受け取れます。
当事務所としての見解:今回の処遇改善議論が示す、これからの介護経営
今回の議論は、単なる賃上げや加算の変更にとどまりません。これは、国が介護事業の経営モデルそのものに大きな変革を求める、明確なメッセージです。
今回の2,721億円のパッケージは、単なる目先の支援ではなく、令和8年度改定で本格化する新ルールへの移行を促す「政府が資金を提供する準備期間」と捉えるべきです。
「生産性向上」は加算のためだけの道具ではない
これまで「生産性向上」や「ICT導入」は、一部の先進的な事業所の取り組みと思われがちでした。
しかし、今回の支援パッケージや次期改定案を見ると、これらはもはや介護経営の「標準装備」になりつつあります。
例えば、「ケアプランデータ連携システム」を導入することで、毎月の転記作業やFAX送信の手間が削減されれば、その時間を利用者様へのケアや職員の休息に充てることができます
「全職種参加型」の組織づくりへ
処遇改善の対象が看護職やケアマネジャーにまで広がることは、事業所内の「公平性」を高める大きなチャンスです。これまでは職種によって加算の有無があり、給与体系が複雑化したり、不公平感が生まれたりするケースもありました。 今後は、事業所全体で統一感のある賃金制度やキャリアパスを構築し、「ワンチーム」としての組織力を高めていくことが、人材定着のカギとなるでしょう。
今、経営者ができる「攻め」の準備
制度の詳細が固まるのを待つのではなく、今からできる準備があります。
情報の整理: 自社が活用できる補助金(補正予算、地方交付金)がないか、改めて確認する。
ICT環境の点検: 「ケアプランデータ連携システム」や「見守り機器」の導入に向けた検討を始める。
対話の開始: 現場の職員と「業務のどこに無駄があるか」「どうすれば働きやすくなるか」を話し合う機会を持つ。
当事務所では、こうした制度変更の過渡期において、経営者の皆様が迷わずに決断できるよう、最新情報の提供や実務的なサポートを行っております。
「難しくてよくわからない」
「自社の場合はどうなるのか」といったご不安があれば、どうぞお気軽にご相談ください。
変化の激しい時代ですが、それは進化のチャンスでもあります。 ご不明な点やご相談がございましたら、お気軽に当事務所までお問い合わせください。
【参考サイト】厚生労働省 第250回社会保障審議会介護給付費分科会資料
【参考資料】令和7年11月28日「介護保険最新情報」vol.1444 「医療・介護等支援パッケージ」及び「重点支援地方交付金」の双方の活用について






