令和7年度厚生労働省補正予算案の概要が公表
11月28日、政府は令和7年度補正予算案を閣議決定し、厚生労働省ホームページに「令和7年度厚生労働省補正予算案の概要」が公表されています 。
日々の経営において、終わりの見えない物価高騰や、慢性的な人材不足への対応に追われている経営者の皆様にとって、今回の発表はどのように映りましたでしょうか。「手続きの煩雑さに見合う効果があるのか」「一時的な支援で根本的な解決になるのか」といった懸念を持たれる方も少なくないかと存じます。
しかし、今回公表された総額1.3兆円規模の「医療・介護等支援パッケージ」の内容を精査しますと、これまでの単なる支援策とは一線を画す、国からのメッセージが読み取れます 。
それは、「この資金を呼び水として、生産性の向上と組織体制の強化を図り、持続可能な事業基盤を築いてほしい」という意図ではないかと考えます。
本コラムでは、医療・介護分野の人事労務に特化した社会保険労務士の視点から、この補正予算案を単なる「給付の受け取り」で終わらせず、貴院・貴施設の将来を見据えた「組織強化への投資」として活用するためのポイントを解説します。
【参考サイト】厚生労働省 令和7年度厚生労働省補正予算案の概要
【参考資料】令和7年度厚生労働省補正予算案のポイント
【参考資料】令和7年度厚生労働省補正予算案の主要施策集
政府が投じる1.3兆円の全貌と施策の方向性
今回の補正予算案は6つの柱で構成されていますが、医療・介護・福祉事業者が特に注目すべきは以下の「Ⅰ」と「Ⅱ」です 。
Ⅰ 「医療・介護等支援パッケージ」Ⅱ 物価上昇を上回る賃上げの普及・定着に向けた支援等
Ⅲ 医療・介護の確保、DXの推進等
Ⅳ 創薬力強化等
Ⅴ 感染症危機等への備え
Ⅵ 地域共生社会の実現等

「令和7年度 厚生労働省補正予算案のポイント」より
特に「Ⅰ」には、医療分野に約1兆円、介護分野に約2,700億円、障害福祉分野に約450億円という規模の予算が計上されています 。
この予算の主な目的は「賃上げ」と「物価高騰対応」ですが、重要なのはその使途として「生産性向上(ICT活用等)」や「協働化」が強く推奨されている点です 。国は、これらの取り組みを通じて、より効率的で質の高いサービス提供体制への転換を促しています。
【医療分野】病床・施設ごとの支援と活用の方針
医療分野においては、地域の医療提供体制を維持するため、施設種別に応じた支援が措置されています。
賃上げ・物価上昇に対する支援
医療従事者の処遇改善と診療経費の物価高騰対策を合算した交付金が設けられており、補助率は10/10とされています 。
- 病院:1床あたり 19.5万円(賃金分8.4万円+物価分11.1万円)
- 有床診療所:1床あたり 8.5万円(賃金分7.2万円+物価分1.3万円)
- 医科無床診療所・歯科診療所:1施設あたり 32.0万円
- 訪問看護ステーション:1施設あたり 22.8万円
- 保険薬局:店舗数に応じ 12.0万円~23.0万円
さらに、救急医療を担う病院に対しては、年間の救急車受入件数に応じた加算(500万円~2億円)も措置されています 。
【経営上のポイント】 この支援金は、職員の賃上げ原資として期待されていますが、一時的な対応に留めるのではなく、中長期的な採用力強化や定着率向上につながる給与体系の見直しに活用することが望ましいでしょう。
業務効率化への投資支援
注目すべきは、200億円規模の「生産性向上に対する支援」です 。 スマートフォンによるカルテ閲覧、インカム、情報共有システムなどのICT機器導入経費に対し、1病院あたり上限1億円の支援が行われます 。
この支援を受けるためには、「業務効率化推進委員会(仮称)」の設置などが要件となります 。これは、単に機器を導入するだけでなく、院内の業務フロー自体を見直す良い機会となります。人材確保が難しくなる中、ICT活用による業務負担の軽減は、職員の定着に直結する重要な施策です。
【介護・障害福祉分野】段階的な賃上げ支援の構造
介護・障害福祉分野では、人材流出防止のため、令和8年度の報酬改定を待たずに緊急的な対応が図られます。特徴的なのは、取り組み内容に応じて支援額が加算される「段階的な仕組み」になっている点です 。
【基礎支援】全職員への賃上げ支援
- 対象:幅広い介護・障害福祉従事者
- 金額:月額 1.0万円 相当
【上乗せ支援】生産性向上・協働化への取り組み
- 要件:見守り機器等のテクノロジー導入、ケアプランデータ連携システムの活用、事務集約化などの協働化
- 金額:介護職員等に対し 月額 0.5万円 上乗せ
【環境改善支援】職場環境の改善
- 要件:職場環境等要件のさらなる充足に向けた計画・実施
- 金額:月額 0.4万円 相当(人件費充当も可)
生産性向上や職場環境改善に取り組む事業所は、月額合計1.9万円(1.5万円+0.4万円)相当の支援を受けることが可能です。
【経営上のポイント】 「基礎支援」だけでなく、業務効率化や環境改善に取り組むことで、より手厚い支援が得られる設計となっています。これは、働きやすい職場づくりを進める事業所を後押しするものであり、採用競争力の観点からも、上位区分の要件充足を目指すことが推奨されます。
【中小企業全般】最低賃金引上げへの環境整備
医療・介護以外の部門や、関連する中小規模の事業所においては、「業務改善助成金」の拡充(352億円)も重要です 。
- 対象:事業場内最低賃金と地域別最低賃金の差額が50円以内の中小企業
- 内容:生産性向上のための設備投資等を行い、事業場内最低賃金を引き上げた場合、その費用の一部を助成
- 助成率:最大 4/5(賃金1,000円未満の場合)
最低賃金の上昇傾向は今後も続くと予想されます。設備投資による生産性向上と賃上げをセットで進めることで、経営体質の強化を図ることができます。
当事務所の見解|今後の事業環境を見据えた対応を
最後に、今回の補正予算案を踏まえた、今後の事業環境に対する当事務所の見解を述べさせていただきます。
今回の支援策は、物価高騰等に対する緊急措置という側面を持ちつつも、その要件設定からは、国が目指す医療・介護提供体制の将来像が伺えます。 それは、「ICTやデータの活用による効率化」と「組織間の連携・協働による基盤強化」です 。
人口減少が進む中で、医療・介護サービスを維持していくためには、従来の労働集約的な手法だけでは限界があります。国は、テクノロジーの活用や組織の協働化を通じて、より少ない人数でも質の高いケアを提供できる体制への転換を促していると考えられます。
今回の支援策において、「生産性向上」や「協働化」に取り組む事業所に加算(インセンティブ)が設けられているのは、その表れと言えるでしょう。 この流れは今後も加速することが予想されます。今、この支援金を活用して業務のデジタル化や組織体制の見直しに着手することは、数年先の事業環境の変化に適応するための重要なステップとなります。
制度活用における実務上の課題と専門家の役割
今回の支援パッケージは規模が大きく、多岐にわたるため、効果的に活用するには実務的な準備が必要です。
- 申請要件の確認と計画策定:都道府県ごとに詳細なスケジュールや要件が異なる場合があり、適切な情報収集と計画的な申請準備が求められます 。
- 就業規則・賃金規程の改定:賃上げを実施するにあたっては、基本給の改定や手当の新設など、就業規則や賃金規程の変更が必要となるケースが大半です。
- 業務フローの再構築:ICT機器の導入や生産性向上の取り組みは、従来の業務のやり方を変えることを意味します。労務管理の観点からも、新たな運用ルールの策定が必要です。
「環境の変化に適応し、進化する」
今回の補正予算を、単なる補填ではなく、貴院・貴施設が次世代型の組織へと進化するための原資として捉えていただければ幸いです。 複雑な制度の理解や申請手続きに時間を割くのではなく、本来の経営判断や利用者様へのサービス向上に注力いただけるよう、当事務所がバックアップいたします。
制度の詳細や、具体的な受給シミュレーションなど、まずは無料相談にてお気軽にお問い合わせください。地域を支える皆様の事業の発展に、微力ながら貢献できれば幸いです。
【参考サイト】厚生労働省 令和7年度厚生労働省補正予算案の概要
【参考資料】令和7年度厚生労働省補正予算案のポイント
【参考資料】令和7年度厚生労働省補正予算案の主要施策集


